【プレス民主 号外 2009年6月14日版】

こみやま泰子

 15兆円にも上る補正予算を組みつつ、第171回通常国会の会期は、7月28日まで延長となりました。
 国会を開会するには1日あたり2億円ほど経費が掛かるといわれます。
 サミットに行きたいという点だけは明確な麻生総理大臣が、55日間も国会を延長する事も大きなムダ使いだとの声も聞こえてきます。

◆臓器移植法案に思う…

 1997年10月に施行された臓器移植法は施行後3年を目処に見直しをおこなうこととされていましたが、10年以上改正されることなく時が過ぎました。この間、期待された国内の移植件数には達せず、海外での移植に頼るしかない実態。特に、15歳未満は現行法によって海外移植しか選択肢はありませんでした。
 また、臓器売買が疑われる臓器ツーリズム等、日本・日本人対しての世界からの批判が生じる事態も起きています。
 この状態にあって、法改正を行わないことは、国会の不作為であり怠慢であると言われています。

◆D案の賛同者になった覚悟について

 2006年3月に議員立法による改正案(いわゆるA案・B案)が国会に提出され、その後2007年12月にはより慎重に脳死判定を行うこととしたいわゆるC案が提出されましたが、国会での審議は進まないままでした。

◆世界の中の日本が問われている

 世界保健機構(WHO)が海外渡航移植の原則禁止と臓器の自国内提供を定めるガイドラインを来年定める見込みとなり、法改正への議論が強まりました。解散総選挙も間近となった現在ではありますが、先月には新たな改正案(いわゆるD案)も加わり衆議院厚生労働委員会での審議が行われ、本会議での採決が行われます。
 A案~D案の4法案がありますが、私はD案の賛成者になりました。
 これは①脳死を一律人の死と法律上定めない、②15歳未満にも国内で臓器移植の道を開くことにつながるという観点から熟慮し決断しました。

◆国会議員の決断力と覚悟

 おそらく臓器移植法案の改正は、どの法案が成立した場合も、医療科学発達の現実と倫理観の狭間で、全ての人が納得し満足できるという絶対的なものではありません。
 私自身も「命」を扱うこの法律といかに向き合うのか、今も迷いはあります。
 しかし昨年来、後期高齢者医療制度等の内容もわからず強行採決を乱発した与党議員の無責任な発言や、麻生総理の優柔不断さを目の当たりにして、国民の命と生活に「責任を持つ決断力」が議員には必要だと痛感してきました。だからこそ、今後より多くの国民が納得できる法案にする責任を背負う覚悟と共に、D案に賛成する決断を自分に課しました。

◆議員立法と議会制民主主義

 この臓器移植法案は、官僚のつくった閣法でなく、議員がその理想と責任でつくった「議員立法」です。各党とも採決では、党議拘束をかけず、議員一人ひとりの決断を尊重する「自主投票」を基本としています。
 日本の議会制民主主義のなかで、特別な過程のなかで扱われている本法案の採決にも、是非注目していただきたいと思います。

A~Dの各改正案比較表並びに概要
(衆議院調査室作成資料の抜粋)


(pdfファイル、約500kbyte)

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